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モジュール研究

身体的、精神的、社会的障害における視床網様核の関与を調べる指標の確立

  • 身体領域
  • 精神領域
  • 社会領域

#研究キーワード

研究の背景

視床は、脳の中でハブ(Hub)として働き、感覚・運動・情動・認知など様々な機能に関与する中核となる脳部位である。この視床をボトムアップ/トップダウン的に制御しているのが視床網様核である。よって視床網様核は、視床の調節を介してさまざまな脳機能に影響を及ぼすことが推測され、視床網様核の機能異常は多様な症状をもたらす可能性がある。
視床網様核は虚血により強く障害される脳部位であり、動物実験では脳虚血により海馬と視床網様核が選択的に損傷されることが知られている。よって、脳損傷の後遺症としての高次脳機能障害の一部に視床網様核機能異常が関与している可能性がある。精神疾患においても、統合失調症の発症における視床網様核の重要性が指摘されるなど、精神疾患と視床網様核との関係が注目されている。また、アルツハイマー病と視床網様核との関係を示す論文が発表され、神経変性疾患における視床網様核の関与の可能性もある。以上より、高次脳機能障害や精神疾患から神経変性疾患に至る脳のさまざまな疾患に、視床網様核の機能異常が関わっている可能性は高いと考えられる。その可能性を検証するためには、各患者において視床網様核の機能変化を定量的に評価することが必要であるが、そのような評価法はまだない。

目的・方法

本研究の目的は、視床網様核の機能異常を定量的に調べることのできる評価法を確立することである。また、将来的には、その評価法を用いて、視床網様核の機能異常が、高次脳機能障害、神経変性疾患および様々な精神疾患にどの程度関与しているのかを明らかにすることを目指す。
方法として、視床網様核の機能異常に特徴的な脳波の変化を指標にすることができないか検討する。自発脳波の低周波数領域のリズム形成には、視床、視床網様核、大脳皮質を含む神経回路が重要な役割を担っていると考えられている。よって、視床網様核の機能変化により、低周波数領域の脳波に変化が現れる可能性は高い。そこで我々は、視床網様核機能のみが選択的に低下しているAvp-Vgat-/-マウス(Ohno-Shosaku et al, Neuroscience 532:87-102, 2023)を用いて、低周波数領域の脳波にどのような変化が現れるのかを調べる。現在すでに、Avp-Vgat-/-マウスの自発脳波は、正常マウスの脳波と比べ、いくつかの特徴的な差異があることを見出している(日本神経科学大会、Neuro2024で発表)。また、誘発脳波についても今後調べる予定である。感覚情報は視床で中継され大脳皮質の感覚野に到達する。よって、視床を制御している視床網様核の機能異常は、感覚野で誘発される脳波に影響を及ぼすことが予想される。Avp-Vgat-/-マウスにおける「自発脳波の変化」と「誘発脳波の変化」の両方を同時に調べ、より精度の高い評価法の確立を目指す。
さらに、視床網様核機能低下マウスで得られた脳波の変化と相同な性質の変化が、脳のさまざまな疾患の患者の脳波で現れていないかについて論文等の脳波データを調べ、情報収集を行う。

期待される研究成果・今後の展開等

本研究の成果として視床網様核機能の評価法が確立されたなら、脳のさまざまな疾患に視床網様核の機能変化がどの程度関与しているのかを明らかにすることができる。高次脳機能障害は、外傷性脳損傷や脳血管障害等により脳に損傷を受け、その後遺症等として生じた記憶障害、注意障害、社会的行動障害などを指すものである。これらの患者において、どの症状が脳のどの部位の障害であるのかなどについてはまだ不明の点も多く、治療や予防の観点からもこの分野の研究の進展が望まれている。また、精神科疾患の1つである統合失調症においては、視床網様核の機能異常が関与している可能性を示唆する論文は散見されるものの、それを実証する方法はこれまでなかった。本研究により、これらの疾患における視床網様核異常の関与を直接調べることが可能になることは臨床的にも大きな意義がある。
また、夢のような発想ではあるが、視床網様核の機能異常の関与が明らかになった場合には、症状を和らげる治療法や予防法の開発につながる可能性もあるのではないかと期待している。例えば、アルツハイマー病と視床網様核との関係を示した動物実験の論文(Jagirdar et al, Sci Transl Med 13:4284, 2021)では、アルツハイマー病のモデルマウスを用いてアミロイドβの蓄積を調べているのであるが、視床網様核の機能低下が睡眠の断片化をもたらし、それがアミロイドβの蓄積を促進し、アルツハイマー病の悪化につながることを示している。また、人為的に視床網様核ニューロンを活性化させると睡眠が正常化することから、視床網様核をターゲットとするアルツハイマー病の新しい治療法の開発の可能性について言及している。よって本研究の成果は、脳のさまざまな疾患に対し、症状の原因を明らかにするとともに、視床網様核をターゲットとする新しい治療法や予防法の開発につながる可能性があり、「健康社会を実現するためのWell-beingの向上」に貢献できるものと期待する。

研究関連画像(※タップで拡大画像を表示できます)

Research Team

少作 隆子

少作 隆子

医療保健学部・理学療法学科・教授

二ノ倉 欣久

二ノ倉 欣久

医療保健学部・医療技術学科・教授

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