
本研究の目的は、北陸大学の教職員を対象として、特に職場における他者との関係性の観点から、ウェルビーイングの現状を把握するとともに、ウェルビーイングの向上を促しうる機会や環境のあり方を明らかにすることである。
2023年に閣議決定された「教育振興基本計画」では、教育現場において教師、そして職員や支援人材など学校の全構成員のウェルビーイングを確保することが重要だと指摘されている。しかしながら、学校、特に大学において、どのような環境が教職員のウェルビーイングを高めるのかという問いに応える研究や実践は、進んでいないのが現状である。
ウェルビーイングに関しては、欧米諸国と比較した際の日本の特徴として、利他性、協働性、協調性、社会貢献意識など、人とのつながり・関係性に基づく要素が重要な意味を持っていることが明らかにされ、この特徴に対応した協調的幸福感尺度も開発されている。また、地域や組織などにおける他者とのつながりやネットワークは「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」として概念化され、教育分野においても、ソーシャル・キャピタルが子どもの学力等の能力や意欲および教師の授業力を高めることなどが明らかにされてきている。しかし、研究対象の多くが初等中等教育で、組織としての大学を分析単位とする研究は少ない。さらに、教職員のウェルビーイングとの関係に迫る研究はほとんどみられない。
大学における教師間での教育・学習に関するコミュニケーションについて、スウェーデンを対象に調査した研究では、大学教師は教育・学習に関する日常会話を4±2名という少人数の同僚と行い、小規模で複数の「significant networks」で行われる私的な議論が教師の概念的な発達や学習の基盤となっているとされる。しかし国内では、大学組織内でのインフォーマル・コミュニケーションの実態を明らかにする研究は端緒についたばかりである。サロン型のイベントの実践やその意義に関する事例報告は一部あるものの、個々の大学教職員が所属機関内でどのような関係性を築いているのか、その関係性をどのように受けとめているのかを探る研究は管見の限りない。
以上の政策方針および研究状況を踏まえれば、北陸大学を事例として、学内における他者との関係性という観点から大学教職員のウェルビーイングの現状を捉えること、そして教職員のウェルビーイングに影響を与えている大学がもつ「資本」を明らかにすることは、北陸大学におけるウェルビーイングの向上を図るのみならず、他の大学や地域、学術界に向けた北陸大学版のウェルビーイングの発信にも寄与しうる。大学における他者との関係性については、所属学部・部署、教授会や委員会などの会議、授業や部活動といったフォーマルな制度により構築される関係性と、個人レベルでの会話や自由参加の機会といったインフォーマルなコミュニケーションや場により構築される関係性が想定される。本研究では、それらの双方を視野に入れて関係性を捉える。
本研究では、北陸大学を事例に、先行研究の検討を通して採用する指標や項目((3)研究実施計画参照)に基づくアンケート調査およびインタビュー調査を行うことにより、本学教職員のウェルビーイングの現状を把握するとともに、ウェルビーイングの確保を促進または阻害している学内の要因(機会、環境、関係性など)を分析する。このことにより、大きく三点の成果を期待できる。
第一に、一事例としてではあるが、他者との関係性に焦点をあてて、日本の大学における教職員のウェルビーイングの実態とその促進や阻害に影響を与えている要因を明らかにできるという研究面での成果である。上述のように、大学を分析対象として、教職員のウェルビーイングあるいはインフォーマルな関係性の実態や効果を扱った研究は進んでいない。本研究の成果について教育分野を中心とする学会等での発表や学術誌等への投稿を行い、研究面で貢献する。
第二に、本研究を通して、本学教職員のウェルビーイングをより高めるために、学内にどのような機会や場を構築していけばよいかという具体的な知見を抽出できる。これは、実践面に寄与する成果となる。
第三に、本研究の成果は、本学学生のウェルビーイングを把握したり、学生や地域の人々のウェルビーイング向上に対する大学の関与のあり方を検討したりする基盤となる。本研究では研究期間の制約から対象を教職員に限ったが、大学が提供するカリキュラムや授業外での機会や場を通して学生のウェルビーイングを高めることや、地域住民のウェルビーイング向上に寄与することも重要である。
研究期間終了後には、以下の展開を見込んでいる。まず研究面では、本研究で用いる調査や分析の枠組みを学生等のウェルビーイングの把握や向上のための調査研究に発展させる。そして実践面では、本研究で得られた知見に基づいて、本学構成員のウェルビーイングを高めうる機会や場を学内に新たにつくりだしたり拡張したりすることに取り組んでいく。さらに、そのような機会や場を地域住民にも開いていく可能性を模索し実現させていくことが期待される。
研究関連画像