
ウェルビーイングの実現、持続可能な健康社会の実現にとって①医師や医療従事者のバーンアウトの予防、②スポーツ・ハラスメントの根絶、はどちらも重要な社会的課題であると考えるが、現在においてもなおそれらが解決に至っていない現状であるため、本研究ではこの二つの領域に生体医工学的アプローチという新しい視角から迫り、その解決の可能性について検討する。
医師・医療従事者(以下、医師ら)の不足やバーンアウトなど、社会的な医療問題の根幹には医師らの身体的・精神的健康問題がある。また、医師らのメンタルヘルスが医療の質に直結するとの報告も散見される。しかし、医師らが業務中に受けるストレス(作業負荷)について生体情報をもとに多角的に分析し定量化したものは極めて稀であり、そのため、医療行為に関連した職業的ストレスの正体はいまだ不明である。
また、近年、スポーツ・ハラスメント(スポーツの現場における指導者の暴力・暴言)が大きな社会問題となり、日本スポーツ協会では2013年に「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」を設置するなどし、それ以降も暴力行為等根絶に向けた様々な取り組みを実施してきたが、その根絶には程遠い現状がある。これまでこの問題に対する研究は後ろ向きかつ主観的な検討がほとんどであり、指導場面に対応した指導者の客観的データを基にスポーツ・ハラスメントの発生要因について分析したものは管見の限り見当たらない。
本研究は、医師らやスポーツ指導者の業務上生じる「職業的ストレス負荷」とそれによって引き起こされる「生体のストレス反応」との関連性について「実臨床の場面」あるいは「試合展開」と照らし合わせ構造的・空間的に分析することで「ストレス度合い」を客観化するものである。
本研究の主な目的は二つである。
一つ目は、医師らやスポーツ指導者の業務上のストレスに対する生体反応を分析し定量化すること。二つ目は、その成果をもとに、ストレス状態をリアルタイムにモニタリングすることができるシステム・装置を開発することである。
つまり、生体反応の変化からストレス度合いを判定し、その状態を外部モニタなどに表示(数値化やグラフ化)させることで医師らやスポーツ指導者が強度ストレス下におかれる時間や頻度をコントロールしたい。ストレス状態の継続が確認された場合には、上位職やコーチなどが何らかの形で介入する。そのための基礎研究とシステム開発とを並行して行うのが本研究である。
国内外の研究を確認しても、「視覚工学」と「心拍周波数解析」から自律神経機能を評価し、臨床における医師らやスポーツ指導者のストレス状態を定量化したものは見当たらない。このことは本課題に対する「臨床」あるいは「スポーツ」と「工学」との連携の困難さを表している。本研究は、本学の強みや特色を踏まえ、異なる専門性を有する研究者のみならず、医師や臨床工学技士といった医学・医療の専門家、プロバスケットボール指導者などが共同で実施するものである。学内外の研究者が連携し多角的な視点から課題と向き合うことで、現時点では想定されていない新たな展開へ進む可能性が出てくるであろう。
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